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グローバル化に備え、今何をすべきか?

Yoshinori Nakata -Official Site-海外生活で得た学びを、ブログを通じ発信して行きたいと思います

別れと出会いの「3か条」

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 2019年も先日スタートしたばかりと思っていたら、アッと言う間に3ヶ月経過し、明日から4月がスタートします。4月と言えば、多くの企業で新入社員を迎え入れるだけではなく、多くの「異動」が発令される時期でもあります。海外駐在員は任期が3から5年とただでさえ短く設定されていることも多く、この4月は「別れと出会い」が本当に多い時期となります。

 私の海外駐在経験は、シンガポール⇒ベトナム⇒シンガポール⇒タイ となっており、それなりに多くの「別れと出会い」を経験してきました。そんな多くの経験を通じた中で、自分なりの「別れと出会いの3か条」を設定していますので、以下に明記したいと思います。

第1条:つながりを維持する
 せっかく海外で知り合いになり、共に苦労や悩みを相談した仲であればあるほど本当に「別れ」は辛いものです。「今生の別れ」のような錯覚を持つケースもありますが、今は時代が異なります。FacebookやInstagram、それからLINEなどでも容易につながりを維持することが可能です。ただ、これは意識しないとできない事でもありますし、「Face to Faceでないと本当のつながりとは言えない」と固辞していては、つながりは簡単に消滅します。私のケースでは、逆に別れてからSNSなどを通じもっとわかりあえた事や、先日も元同僚のベトナム人女性より「結婚しました」という報告をFacebookを通じ受ける事ができました。例え、“蕎麦”のように「細くて長いつながり」でも、消滅してしまうよりは断然良く、人生も豊かになります。ですので、テクノロジーを通じ、「つながりを維持する」事は本当に重要だと思うのです。

第2条:Face to Faceを精一杯楽しむ
 とは言え、Face to Faceほど人の距離感を縮め、深いつながりの手助けとなるものはありません。ですので、私は出張やプライベートで向かう先に知人がいる場合には、極力会うようにしています。上述のように、つながりさえ維持していれば、再び会うチャンスは訪れるのです。そして、その際には「Face to Faceの時間を精一杯楽しむ」ようにしています。私の子供達にも、夏休みに日本に帰国した際には、必ずシンガポールやベトナム時代の友達と会うように伝えています。このFace to Faceを通じ、「細くて長いつながり」を極力「深い」ものにして行くのです。そしてまた「人の温かさ」を実感することができるのです。

第3条:新しい出会いを求め、感謝する
 Mr.Childrenの「くるみ」の歌詞の一節、「出会いの数だけ別れは増える、それでも希望に胸は震える」は本当にその通りだと思いますし、逆もしかりです。つまり「別れの数だけ出会いは増える」はずです。但し違いは、別れは勝手にやって来ますが、出会いは待っていてもやって来ないと思います。自分が何かのアクションを起こさなければ、「新しい出会い」はなかなか創出されないと思います。超多忙な駐在員は、自身の仕事に没頭しがちですが、ふと立ち止まって「新しい出会い」を創出する機会を意識的に作る必要があると思うのです。このような条項を作っていながら、タイに赴任してからは激動の毎日だったため、このあたり少し疎かになっていたと反省しています。

 さて、自分なりの「別れと出会いの3か条」をまとめてみました。既に4月に日本へ本帰国される方々の送別会を終え、この3月に既に「別れ」を経験したのですが、4月にはまた多くの人がタイに来られると思います。そんな人達との「新たな出会い」を楽しみに、4月以降過ごして行きたいと思います。

日本人学校かそれともインターナショナル校か?

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 海外で生活を始めると、頭を悩ませる事の一つが、「子供の教育」だと思います。特に「学校選択」に関しては相当頭を悩ませると思います。以前にもBlogで書きましたが、私の子供達は、1回目のシンガポールとベトナム駐在時は「日本人学校」で学び、その後、2回目のシンガポールと現在住んでいるタイでは「インターナショナル校」で学んでいます。初めに言っておきますが、どちらを選択すれば「正解」というものはないと思います。理由は簡単で、どちらを選んでもそれなりに「正解」になり得るからですし、「正解の中から正解を選ぶ」から難しいと思うのです。ただ、短絡的にどちらかを選択するのではなく、それなりの納得感を持ってどちらかの選択を行うほうが、後々の後悔は少ないと思います。私も常に迷いながらの選択でしたが、過去の迷いや、当時考えていた事を、以下まとめてみたいと思います。

 海外でも「日本人学校」を薦める方の意見を集約すると凡そ以下のようになると思います。
①日本人である以上、日本の教育を受け、しっかりと日本人としてのアイデンティティーを身につけさせたい 
②将来ずっと海外にいる訳ではなく、いずれ日本に帰国する為、中学、高校、大学受験に備える為にも幼少期から日本の教育を受ける必要がある 
③(特に親の感情として)日本人のコミュニティーの中で安心しておきたい

どれも全うな意見であると思います。一方、「インターナショナル校」を薦める方の意見を集約すると、
①多種多様な国籍の人達と学ばせ、多様性を身につけさせたい 
②学びを通じ、将来必須言語の「英語習得」が可能である 
③日本だけでなく、将来海外の大学へも道が拓け、選択肢が増える

 これも反論の余地が無いほど正しいと思われます、。本来なら子供本人に決めて欲しいところですが、子供にそのような判断能力は当然備わっておらず、親が判断しなければならないのが現実だと思います。ところが、ほとんどの親がインター校に通った経験がなく、日本の教育しか受けていない為、経験のある日本の教育と、経験もなしにほぼ「想像」でインター校を語り、それらを比較する為、それが議論を余計に難しくさせると思うのです。私も帰国子女でもなんでもない、超ドメスティックな環境で教育を受けて来たため、勿論同じような状況でした。

 1回目にシンガポールに駐在した時も、その後ベトナムに転任した時も「日本の学習をしっかりさせてあげたい」そしてその学びの中で「日本人としてのアイデンティティーを身につけて欲しい」という思いが強く、比較的迷わずに「日本人学校」を選択しました。しかしながらその考え方が変わったのは、ベトナム駐在中に自分自身が経験した「オンライン学習」になります。

 自分自身がグロービス経営大学院のオンラインMBAをその頃からスタートさせ始めた事もあり、オンライン学習の飛躍的進歩は肌身に感じていました。子供向けという意味ではリクルートの「スタディーサプリ」を視聴した時の衝撃は今でも覚えています。講師の質も高いし、子供に分かり易いような教え方をしており、大人の私が見ても「なるほど」と思える内容です。ちなみに「私」は今でもこのスタディーサプリを愛用しており、高校生向けの「英語」や「歴史」を中心に視聴する事があります。「インター校に行けば日本の教育が受けられない」という仮説はこの時点で立たず、やる気と時間さえあればオンライン上で「良質」な教育が受けられると思うのです。

 「日本人のコミュニティー」も学校外で子供がダンスやテニスの課外活動を通じコミュニティーを構成できることや、そして同じコンドミニアムに住む日本人とも中田家は比較的仲良く出来るので、日本人とのコミュニティーが途絶えてしまうこともまずないと考えました。そうなると残って来るのが「日本人としてのアイデンティティーの獲得」です。確かに重要なテーマであり、日本の道徳教育や文化を学ぶ上で身につき、その為には「日本人学校」が良いようにも思いますが、ここに対しての私の考え方も、数年間の海外生活を通じて少しづつ変わって来ました。

 自分自身は小・中・高、そして大学まで日本の教育にどっぷり浸かっていたのですが、その中で「日本人としてのアイデンティティーが獲得できた!」という実感はほぼ無かったです。それを意識し始めたのは社会人になり、外国人と働くようになり、そして駐在員として海外で働くようになり、「日本」と「世界」の違いを認識するようになって初めて「日本とは?日本人とは?自分とは?」と考えるようになったのです。本当につい最近の話で、まだ100%の確証を持って言い切れるまで腹落ちしてはいないのですが、日本人としてのアイデンティティーは同質な日本人のコミュニティーの中で構成される訳ではなく、むしろ異質な外国人のコミュニティーに囲まれ「違い」を感じる事でやっと「考え始める」のだと思うのです。

 上記のように考えると、これまで見えていた日本人学校にいることのメリットが希薄化され、「インター校のほうが、私の子供たちにとっては良いのでは?」と思うようになったのです。そう考えてからの決断は結構早く、2回目にシンガポールに赴任した際にはインター校を選択するようにしました。子供も最初ドキドキしていたみたいですが、インターの生活にもすぐに順応し、英語スキルも緩やかに上達し続けています。多種多様な国籍に囲まれ、多様性も身についていると思います。

 想定外なのは「スタディーサプリ」を視聴し続ける忍耐力がまだ子供なので無く、オンライン上の教育を私が感じるように「おもしろい!」と子供たちが思えていない点です。やはり教育は親の思い通りにいかないのと、子供も我々大人が考えるより早いスピードで毎年成長し続け、考え方もびっくりするくらい毎年変化します。ですので、結局のところ、親が出来る事は、子供をしっかりモニターして「子供に合った適正な学習環境」を与えてあげる事が大事だと思います。決して、親が英語苦手だから「日本人学校」を選択したり、なんとなく子供が英語しゃべれるようになりそうだから「インター校」というような、親都合の短絡的学校選択にならない事だけには注意だと思います。

本当に異文化が原因か?

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 先日『異文化対応力』についてこちらのBlogでも書きましたが、その中でも言及した通り、時として”異文化”という言葉が海外で誤った使われ方をされていると思うのです。

 異文化という言葉を聞くのが、特にローカルメンバーとコミュニケーションがうまくいかなかったケースです。何度か相談された事もありましたが、総じて以下のように相談される事が多かったです。

「中田さん、ローカルのメンバーに何度も言っているのですが、なかなか動いてくれないのですよ。英語の問題でしょか?それとも異文化だからでしょうか?」

 もちろん少なからず語学の問題もあり、これも確かに異文化の一部から生じるものなのですが、この状況下で「異文化」というビッグワードを使用すると、解決策が見つからず迷子になってしまいます。このような相談をしてくる人に限って、「言った=人が動いてくれる」ものと思っているケースが多いと感じます。最近では「メール送った=人が動いてくれる」と思っている方も多いように感じます。暗黙知があり、仮に自分の直属の上司ではなく、他の部署の先輩から何か言われた際、上下関係を重視する日本ではこれが通じるケースがありますが、通常であれば、人は「納得」しなければ動かないと思います。

 コミュニケーションを少し分解してみると、「said (言った)≠heard (聞いた) ≠ listened (聴いた) ≠ understood (理解した) ≠agreed (合意した) ≠ convinced (納得した)」になると思います(グロービス経営大学院 「組織行動とリーダーシップ」より引用)。

 つまり、「言った」から「納得」するまでには複数のプロセスが存在し、単純にそのプロセスが完了してないだけのケースが本当に多いと感じます。そして、そのプロセスが言語の問題や、暗黙知が存在せず、更に基本的に直属の上司の指示のみに従う海外では、このプロセスを完了させるのに時間がかかってしまうだけなのです。ですので、相手が動いてくれない時には、相手が今どのプロセスで停滞しているかを確認して、根気良くコミュニケーションを取り続けるのが単純ですが、一番効果があると思うのです。惜しいことに途中でコミュニケーションをやめてしまう人がいますが、ここはコミュニケーションの「質」ではなく「量」に拘る事で、解決の糸口が見つかるケースがあると思います。

 「異文化」という言葉はビッグワード過ぎて、解決の糸口を見誤るケースがあるので、「異文化」という言葉が自分の中で腹落ちしていない人に関しては、海外であっても極力使わないようにしたほうが良いかもしれません。ちなみにこの「異文化」を手っ取り早く体系的に学びたい人は、エリン・メイヤー著書の「異文化理解力」が私の中では凄く分かりやすかったです。今でも事あるごとに、読み返します。

 私もコミュニケーションがうまくいかない時に、海外では短絡的に「異文化」という言葉が頭に浮かびがちですが、自分の戒めとして上記言語化してみました。

他者評価と自己評価

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 各企業でも昨年の業績を反映して、今年のボーナスが決定されたり、個人においても昨年のパフォーマンスレビューを通じ、各自の評価結果が言い渡される時期に差し掛かっていると思います。そんな時期ですので、本日は「他者評価」と「自己評価」について書いてみたいと思います。

 皆さんは、「他者評価と自己評価のどちらが大事ですか?」と質問されたら、何と答えるでしょうか?大半が「他者評価」と答えるのではないでしょうか?確かに会社の中でも、私達の評価を行うのは常に上司になります。昨今では「360度評価」なるものも存在し、上司だけでなく、同僚、後輩からも評価され、世の中の風潮としても「他者評価」が大事であるとの結論に至りそうです。

 他者評価によって、良質なフィードバックが得られ、そして自分の強みや弱みが明確になり、強みは今後も仕事に活かし、弱みは今後改善していくという意味では、全く「他者評価」を否定するつもりはありません。自分も他者のフィードバックは謙虚に受け止めて、改善して行こうと思っています。ただ、海外勤務においては「自己評価」も大事にすべきだと思うのです。

 駐在員として海外で働いている場合、仕事の業務範囲が広がり、役職も日本にいた時の1つ、もしくは2つ程度上のポジションに就いてローカルの部下を持ち、突然リーダーシップやマネジメントを発揮せざるを得ない状況に陥ります。日本で簡単に出来ていた事が、海外では言葉の壁や従業員の能力の問題などによって、容易に出来ないケースも多々存在します。

 更に、グローバル展開を加速させている企業においては、これまで誰もやった事がないミッションを海外で行うケースが少なくありません。私の場合、それがベトナムハノイでの会社設立及び工場の立上げでした。セールスやマーケティング、R&Dにおいても同様で、海外駐在員はただでさえ業務環境がタフな中、前例のない事を成し遂げて行く必要があるのです。

 こういう状況下での仕事なので、最初から仕事がうまく行くことは極めて稀で、誰もが苦しみます。そして「なんでこの仕事にこんなに時間かかってるんだ?」「なんでもっと早く結果が出せないんだ」と日本から冷たいお言葉を頂戴した駐在員の方も数多くいると思います。駐在員の間ではこれをOKY(お前、来て、やってみろ)と、共通言語化される程に「あるあるの話」なのです。残念ながらこの言葉が、そのまま自分の評価に反映されてしまうことも多く、外からは見えない海外勤務の苦労は評価されない、と言うか評価のしようがないと思うのです。

 OKYも冷静に聞くと悪気があって言っている人は意外と少なく、「本当に海外の状況をわかっていない」ことがほとんどなのです。なので、このような「他者評価」を気にしていても仕方がありません。それに対しこちらが愚痴を言い始めると、自分自身の価値もどんどん下がってしまうと思いますし、海外で働く事にも嫌気がさしてしまうと思うのです。

 このような気づきを経て、今は極力「自己評価」を大事にしています。今の自分の能力に対し、自分がどれ程チャレンジしたかは実は自分自身が一番良く分かっていると思います。ビジネスは結果が全ての感もありますが、それに至るまで全力を出し切れたかどうか、最終の納得感は自分で得るものだと思います。「自己評価」を大事に思えば、他者の目を気にしてやっているような「無駄な仕事」はどんどん削ぎ落とす事ができ、自分が本当にすべきと思える「大事な仕事」に目が向くようになり、ある意味開き直ってタフな海外勤務に立ち向かえると思えるのです。

 「他者評価」ももちろん大事ですが、特にOKYに悩まされている人には「自己評価」に一度目を向ければ、良い意味で人の目を気にせず、思い切って仕事が出来ると思います。

海外駐在における日本人コミュニティー【悪いところ編】

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 前回は日本人コミュニティーとの関わりについて比較的「良いところ」を書いて来ましたが、今回は別の視点から「悪いところ」も書いてみたいと思います。これはズバリ「同一社内の駐在員同士でつるむ事」と「お付き合いのゴルフ&飲み会」です。

 駐在員という立場であれば、同一社内で複数の駐在員がいるケースが多いと思います。これも同じ境遇にいるからこその「団結力」が生まれるのですが、これが時として悪い状況を生むケースがあります。勤務中も一緒に仕事をし、社内で「日本語」でコミュニケーションを行い、そして勤務後も一緒に飲みに行き、「日本の奴らは海外の状況をわかってないよな〜」と愚痴を毎晩こぼすケースです。言ってみれば「変な団結力」です。

 一方、「社外にも人脈が広がった」という人もいますが、ゴルフ仲間である事が多く、海外で仕事のスキルではなく、ゴルフのスキルがどんどん上達していくケースです。毎週ゴルフに行くので、週末の家族のケアも疎かになってしまいます。

 どちらも否定はしないですが、少し海外勤務をしているのに「もったいない」ような気がするのです。ゴルフのスコアが毎週上昇する一方で、家族から自分に対するスコアがガタ落ちになっている事にも気づかなければなりません。

 前回の話とは少し逆説的になってしまいますが、「社内」では意識して「日本人コミュニティー」ではなく、「ローカルに飛び込んで行く」事でローカルからの信頼も得られると思いますし、日本への「愚痴」ではなく「提案」を駐在員同士で議論する事が健全だと思います。「社内」では極力日本人とつるまず、徹底して「外人化」する事が必要です。

 幸い私はベトナム駐在時代も約60名のベトナム人の中で、日本人が2人、今のタイでは500名以上いるタイ人の中で日本人が私1人という状況ですので、仕事では完全に「外人化」せざるを得ない環境にあったのですが、これはこれでやはり大変です。誰かと日本語をしゃべりたい欲求にかられますし、従業員同士がローカル言語で話始め、会話についていけなくて歯がゆい思いをする時も度々あります。

 家族の為にプライベートでは「日本人コミュニティー」を最大限活用し、仕事ではローカルの信頼を得る為、意識して「日本人コミュニティー」から離れ、「外人化」してみる事が公私のバランスを取るのに必要な思考だと思います。

海外駐在における日本人コミュニティー【良いところ編】

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 海外で成功するかしないかは「駐在員の力量/能力に依存する」と思われがちですが、実はそれだけではありません。特に家族を帯同させる場合、家族がいかに海外に馴染めるかは成功の大きな要素になります。奥様や子供が海外に馴染めない場合、やむを得ず家族を帰国させるケースや、駐在員本人が帰任を申し出るケースも数多く見て来ました。

 そんな家族の助けになるのが海外での「日本人コミュニティー」になります。日本での億劫な「ご近所付き合い」をイメージしている人は、一旦そのバイアスを取り払ってみるのが良いと思います。海外に住んでいる日本人は、海外赴任前に同じ不安を持ち、赴任後も慣れない海外生活に悪戦苦闘し、そして子供の教育などにも常に頭を悩ませているのです。つまり同じ悩みを経験しているので、惜しみないサポートを親身になって行ってくれます。

 特に日本人駐在がそもそも少ない地域に赴任するケースでは、悩みや苦労が多い分、あり得ない程に「絆」は深まると思います。私のベトナム(ハノイ)での生活は過酷で、家族も大変な思いをしましたが、本当に「日本人コミュニティー」に支えられ、特に妻と子供達は一生涯の友人をそこで得たと思います。

 日本で億劫な「ご近所付き合い」を経験した人に限って、海外駐在が決まった際に「日本人コミュニティー」を避ける傾向にあると思いますが、日本での「ご近所付き合い」と海外のそれとは少し事情が異なる事を理解し、海外で困った場合には素直に申し出ると良いと思います。同じ悩みを経験した人から、予想以上のサポートが得られると思います。そして、自分が逆に海外生活に慣れた場合には、今度は不安になってやってくる日本人に最大限のサポートを与えると良いと思います。

 日本人コミュニティーを避ける事だけを目的に、日本人が住んでいないコンドやサービスアパートメントを選んだり、日本人学校ではなく現地校やインター校を選択するような、単純な「外人化」を目指す事は、家族全員が納得していない限りは、家族のストレスが増加する要因となる為、余りオススメできない選択であります。私の子供は海外で「日本人学校」そして「インター校」の両方に通った経験があるので、学校選択をどのように行ったかは別途紹介するとして、ここで言いたいのは、駐在員として赴任早々自身の仕事の結果を出したいという思いは痛いほど良く分かるのですが、当初は余り仕事に没頭せず、まずは家族が海外生活に馴染むような土台を作ることと、その為に「日本人コミュニティー」を最大限活用するという事が将来の海外生活での成功のカギだと思うのです。

異文化対応力について

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「グローバル人材に必要な能力は何ですか?」と質問すると、「語学力」もさることながら「異文化理解」や「異文化対応力」と答える人が多くいます。特に、初めて異なる国籍の人達と仕事をすると、「仕事の仕方」や「仕事に対する考え方」が大きく異なる事に驚き、そしてそれらを総じて「異文化」と表現する事が多いように感じます。本来の「異文化」の意味はもっと広義に渡ると思いますが、普段の会話の中では、このような使われ方をされる事が多いです。

「多くの国籍の人達と仕事を経験して来た中田さんは、どのように異文化対応力を身につけたのですか?」と質問される事があります。特に海外で初めて仕事をし始めた若手社員から質問される事があるのですが、その際は「何を持って“異文化”と感じるのか?」を一緒に掘り下げるようにしています。すると上述したように、「仕事の仕方や考え方が全然違うのです」という答えが返って来ることが大半でした。

その際私は「日本ではどうしていたのですか?」と質問すると、「えっ?」と驚かれる事があります。日本でも仕事の仕方や考え方が違うケースは山のように存在します。性別によっても違いますし、年代によっても違います。部署や事業所によっても大きく異なります。各企業それぞれ「企業文化」を有しており、保守的な人が多い企業もあれば、やんちゃな人材を求める企業もあります。つまり日本でも「異文化」は無数に存在するのですが、多くの人が「同じ会社の、同じ部署の、同じ考え方を持った人達」と働いている傾向があり、海外に出て、考え方の異なる外国人と働く環境に置かれた途端、それを「異文化」と表現する事が非常に多いと思います。夫婦でも結婚した途端異なる生活習慣を初めて知り、「異文化」を感じた人は多いはずです。

もちろん宗教的観点などから物事のプライオリティーが全く異なる事もあり、仕事の仕方や考え方が大きく異なる国籍も存在します。日本語のように「あいまいな表現」が多く含まれる言語もあれば、英語のように比較的「直接的な表現」が多い言語もあり、言語も一つの違いを感じる要因と思います。しかし、上述のように「異文化」は日本でも山ほど存在すると思うのです。

今まだ日本で海外勤務に備え、色々と準備している方がいるとすれば、異なる部署、異なる会社、異なる業種、異なる年齢、異なる性別、etc. と意識的に「違い」に遭遇する場に飛び込み、異なる考え方を持つ人と多く出会ってトコトン話し、その背景などを理解する事が、将来の海外での「異文化対応力」を身につける絶好のチャンスになると思います。そして違いに遭遇する事が「ストレス」から「楽しみ」に変えられる人が、海外で働く事の出来る人の要件の一つであると思うのです。

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